棒高跳びの材質にグラスファイバーを採用した理由
※本記事はカーボンポールを否定する意図はありませんので、ご了承ください。あくまで材料としての特性などから、選択する際の情報の一つとして活用してください。
私たちは現時点では、敢えてメイン材料にカーボンを使用しないという「選択」をしています。
以前より、車を軽量化する素材としてカーボンが注目されていましたが、近年は車だけでなくいろいろなところにカーボンという言葉が見られるようになりました。
スポーツでは、やはり厚底シューズでカーボンプレートが入っている、というもので、「〇〇カーボン搭載」といった宣言文句でよく聞きます。
カーボンって?
しかし、カーボンって実際にどんなものか、と言われても、、
「反発があって強い」とか「反発あるから速くなるんでしょ」という
どこかわかったようなわからないのが本音ではないでしょうか。
カーボンというのは正確には、炭素繊維のことを指します。
なので、正しくはカーボンファイバーです。
この炭素繊維を束ねて織物にした状態、これを板状に固めたものが使われていて、
靴で言えば、それが靴の中に配置しています。
陸上競技のスパイクでも最近は使われることが多くなってきたように思います。
さて「カーボン」、「カーボン」と言いますが、どんな特徴があるのでしょうか。
カーボンの特徴
一般的には、鉄より丈夫で軽量である、と言われます。
軽量でしかも強いということで、車やスポーツでは義足、そして棒高跳のポールでも使用されています。
では、棒高跳の場合、どんなメリットがあるのでしょうか。ここからが本題です。
棒高跳びでのカーボンポールの歴史
棒高跳ポールでも、最近はカーボンポールというものが目立つようになりました。
代表的なところでいえば、ESSX社のポールで、サムケンドリクス選手が6mを跳んだことで注目を浴びていますし、国内でも使用している選手が増えています。
ですが、実は、カーボンを使用したポールの歴史自体は古く、
97年のアテネ世界選手権で、ディーン・スターキー選手、マクシム・タラソフ選手が「GILL社のPACER CARBON」を使用していることが記録として残っていることからも、このころから使われ始めていると言えそうです。
また、99年の群馬県で行われた世界室内選手権では、同じく、カーボンポールを使用して、ジェフ・ハートウィグ選手が5m95を飛んでいます(国旗カラーのラッピングが印象的でした)。
ちなみに優勝したジーン・ガルフィオン選手は、NORDIC社のグラスファイバーポールで6m00を跳躍しました。
では、棒高跳ポールでカーボンを使用する意味と、実際について考えましょう。
当社では、カーボンポールではなく、グラスファイバーポールを販売しております。
ただし、試作の段階ではカーボンポールも作成しましたし、どのように作るか、ということはすでに議論を行いました。
そのうえで、作れない、のではなく、”作らない”という選択をしました。
カーボンポールを使わない理由
- 素材の価格が高いから
材料としてのカーボンは、グラスファイバーに比べて高額なため、
カーボンポールにしてしまうと、価格を下げたいと思っているのにその実現が難しくなり、普及のための活動にならないため、です。 - 初心者には扱いが難しいから
この後に記載しますが、私たちが目指す、普及や初級~中級選手にとってカーボンポールはメリットばかりではないということがわかったから、です。 - グラスファイバーでも、カーボンポールのような軽さを実現できたから
我々のグラスファイバーのポールでも、カーボンに劣らない軽量性を実現できたので、あえてカーボンにする理由がなくなりました。(2%程度の差 ※試作品との比較)。
カーボンのメリット、デメリット
次に材料の特性からカーボンのメリット、デメリットについて考えたいと思いますが、
その前に棒高跳ポールとしてのカーボンとグラスファイバーという「材料」について少し詳しく説明します。
これは、競技者、コーチの方にとっても重要だと考えます。
グラフ出典元:The pole vault pole: an engineer’s perspective(GILL) より改編
図に示したのは、カーボンとグラスファイバーの歪-応力曲線というものです。
これは、横軸(→)がどのくらい伸びるか、縦軸(↑)は伸びに対してどのくらいの力を示すかです。
線が切れたところで繊維が切れる(折れる)ということを表しています。
※実は、グラスファイバーやカーボンといっても、色々な種類がありますが、ここでは、
棒高跳び用ポールの材料としての、カーボン(水色の線)、エポキシ樹脂(黄色の線)、E-glass(茶色の線)、S-glass(緑色の線)を比較しています。
グラスファイバーの中でも、
E-glass(茶色の線)というのは広く一般的に使われているもので
S-glass(緑色の線)航空部品などに使われるようなものです。
(ポールでは、GILL社のペーサーシリーズ、UCS社のスピリットが使用しているようです。)
グラフを見ると、カーボン(水色の線)は伸びる量が少ないうちに大きな力を出しているので、急な曲線を描き、かつ早い段階で線が切れています。
一方で、グラスファイバーの中でもE-glass(茶色の線)は緩やかな直線を描く代わりに、カーボンより低い力で線が切れます。
また、S-glass(緑色の線)というものは、良く伸びるのに加えて力の値もカーボンと同じか少し高い値を示しています。
このグラフから言えることは、
カーボンは伸びにくく、大きく伸ばすには力が必要ということです。
それはつまり、ポールを曲げるために大きな力が必要であるということです。
また、伸びない=復元力(戻る力)が大きい ので、
ポールが真っすぐになろうとするまでの時間が短い(=いわゆる反発が早い)ということです。
そのような特性の材料なので、実はカーボンポールといっても、グラスファイバーも使っており、比率としてはグラスファイバーの方が多くを占めています。
(カーボンの比率が高いと「黒く」なりますが、トップ選手が使っているようなカーボンポールでも、色は「黒」ではなく「グレー」です。もちろん、見た目ではなく、実際のポールを分析しています。)
海外の論文中では、
カーボンのポールをグラスファイバーと同じくらい曲げることができるのであれば記録向上は望めるが、
カーボンポールが登場してからかなりの時間がたつのに、劇的に記録が変わらないということは、
カーボンポールを使いこなすうえでは今後技術的な進歩が求められる、
ということも述べられています。
要するに、カーボンポールの特性と技術が完全にマッチしていない、という指摘だと思います。
私たちも、試しに全体をカーボンにして実験してみましたが、グラスファイバーの半分くらいの湾曲で折損しました。
粘るというより、硬い棒が「砕ける」イメージです。
実際にカーボンのポールを使ったことがある方はわかるかもしれませんが、グラスファイバーから変えた際には結構印象が違うと思います。
私は2年ほど使っていますが、調子によって全然違うポールになる、という感じです。
高校生などで使う場合には、上記の材料としての特性を少し頭に置いていただいた方が良いようにも思います。
カーボンは面白い特性をポールにもたらすだろうと思います。
しかしながら、私たちのチームでは現時点では作らない、という選択をしています。
それは、
ポールを曲げて反発を使って跳躍をする棒高跳びという競技は、落下などの危険が伴う競技であるため、
きちんと基本技術を習得し「安全に跳躍」してほしいという思いがあるためです。
もちろん、早くからカーボンポールに触れることが、反発の早さなどのカーボンポールの特性に初期から慣れにつながる、という考えもあるかもしれませんが、
筋力の弱い年齢や女性では、まずは、「よく伸びて反発も返ってくるグラスファイバーを使う」方が基本技術の習得を促すだろう、というスタンスです。
これは、決してカーボンが危険といいたいわけでも、カーボンを否定したいわけでもありません。
まずは、基本技術を習得し、そのあとにカーボンなど、色々なポールに触れて、自分に合うものを見つけてほしいと考えます。
私たちがDEFYで使用するグラスファイバーはS-glassではないのですが、
軽量でS-glassのようにしっかり伸び、それでいて反発力は強い、というもので、S-glassに似た特性をもっています。
なので、既存のグラスファイバーのポールから移行していただいても、違和感なく、跳びやすいと思ってもらえるポールになっています。
また、LEAPに使用しているグラスファイバーも、航空機などで使用されるハイエンドモデルでありながら「より軽量に、そして高弾性(反発を強く)」するために、
日東紡様と専用に糸の構成から検討、設計しているところが特徴です。樹脂も三菱ケミカル株式会社製のスポーツ用の樹脂選定をしています。
カーボンはとても優れた材料です。
しかし先ほどのグラフでもわかるように、私たちはグラスファイバーの特性を活かした、軽量で高反発、しかしながら安全な設計ができるためグラスファイバーを使用しています。
なので繰り返しますが、
私たちは現時点では、敢えてメイン材料にカーボンを使用しないという「選択」をしています。